紅葉賀~欲望の三角形

※この記事は2020年6月11日にnoteで公開したものです。

 

 

ずいぶんと間が空いてしまった。緊急事態は解除され、ニュースには「東京アラート」なる謎の言葉が躍っている。外出を控える生活にも慣れ切ってしまい、今はむしろ外に出るのが億劫でならない。レインボーブリッジが赤くライトアップされているらしいが、湾岸部まで出かけていく気力はないし、もちろん家からも見えない。引きこもり能力を政府にタダで提供してやる筋合いはないと息巻いていたのに、結局給付金すら手にできないまま、ぼんやりと家で生活している。なんだかやりきれない。とりあえず更新をさぼっている間に読んでいた本でも書き留めておく。

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感想文を書くために再読。思い入れがありすぎて、書いてはまとまらずに放置、のサイクルを繰り返していた。ちなみに記事はこちら。

migushi-orosu.hatenablog.com

 

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若者の政治意識と民主主義についての諸問題についての本。とにかく読みやすい。民主主義への懐疑は世界的な潮流であることがよくわかる。

 

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紫式部を見習って漢籍の勉強をしようと読み始めた……わけではなくスーパーシティ法案が持ち上がったときに慌てて読み始めた本。まだ読みかけ。唐の国はいつも先進的だけど、後進の我々は常に批判的でいる必要がある。

 

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数年読みかけの本。いい加減読み切りたい……。

 

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0~11巻まで読了。五条悟はずるい。ほんとうにずるい。

 

 

さて源氏物語である。緊急事態宣言が解除されても読む。

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紅葉賀は、ざっくり言えば「光君の舞がすごすぎる件」「藤壺と光君の不義の子が爆誕」「光君と頭中将が典侍を取り合い」の三本立てである。今回は一番最後のトピックに触れようと思う。

この典侍は57~58歳の女性で、帝の整髪係である。帝は容姿が良く教養のある女性ばかりを内裏に雇っていたらしく、典侍も例に漏れず才気と気品にあふれた女性だ。一方で彼女は好色であり、光君の軽い誘いに乗って親しくなる。その噂を耳にした頭中将は対抗心を刺激されて典侍と寝るが、彼女の本命はやはり光君のままだ。とうとう彼女は光君を家に招き入れ、本意を遂げるが、そこに頭中将が忍び込む。鉢合わせた光君は相手が頭中将とわかるとおかしくなってしまい、腕をつねったり服を引っ張ったりして二人でふざけ合う。

「おいおい、本気なのかい。うっかりふざけてもいられないね。ちょっと、この直衣を着るから」と言うが、頭中将がしっかりつかんで放さないので、着ることもできない。
「それなら、あなたもつきあいなさい」と、光君は頭中将の帯を解いて脱がせようとする。頭中将は脱がせまいとさからって、二人で引っ張り合っているうちに、直衣の袖が、縫い合わせていないところからはらはらと切れてしまった。(p245)

この後二人は、びりびりに破けた服のままの「しどけない姿でいっしょに帰っていった」(p246)らしい。なんだか間抜けで愛嬌を感じるシーンだが、これはいわゆるサービスシーンではないか。不自然に服が破れて肌が露わになった貴公子二人の描写を、何度も読み返してうっとりする読者がいたとしても不自然ではないだろう。

また、頭中将の光君への意識もここで説明されている。

身分の高い女性を母親に持つ親王たちでさえ、父帝の、光君にたいする扱いが別格なので、気を遣って遠慮しているのに、この頭中将は、どんなちいさいことでも光君にぜったいに負けるはずがないと対抗意識を燃やしているのである。左大臣の子息たちの中で、この頭中将だけが葵の上と同腹だった。彼は、自分と光君との違いは、光君が帝の子だというだけではないかと思っていた。自分だって、同じ大臣の中でも帝の信任のとくべつ篤い父左大臣が、帝の妹である内親王に産ませた息子であり、この上なくたいせつにされているのだから、まったく引けをとらない身分ではないかと思っているのだった。人柄も非の打ちどころなく立派で、何ごとにおいても申し分なく、不足なところもない青年である。つまらないことでも二人は張り合うので、見ていると不思議なほどだった。(p248)

実際にいつも上をいくのは光君である。頭中将はなまじ対等だと思っている分、もう少し努力すれば勝てそうな気がしてしまい、ライバル心をかきたてられるのだろう。そして主人公に肉薄するようなライバルがいると、物語は格段に面白くなる。紫式部、エンタメ作家でもあるな。

しかし、完全無欠の貴公子である頭中将よりも常に目立つ光君の方が、見ようによっては不気味かもしれない。誰もがうっとりしてしまうような美というのは、不吉なものの隠喩になりうるのではないか。かぐや姫だって絶世の美女だったし。

この章で特に興味深いのは、男性との恋愛に積極的な年配女性が登場するところだ。典侍は光君を果敢に口説き、一度はセックスに持ち込んでいる。さらに頭中将のライバル心も意図せずに刺激し、彼ともセックスしている。典侍はその衰えない好色ぶりで男性たちに引かれながらも、自分の欲望を自分の才覚できっちり果たしているのだ。平安時代の性的規範や文化的背景に全く詳しくないので、好色なキャリア女官の表象がどんな意味を持つのかはわからない。しかし年配女性の恋愛や性欲と未だ正面から相対できない現代に生きる人間にとっては、とても画期的な描写に思える。