末摘花~古臭く醜い女

※この記事は2020年5月11日にnoteで公開したものです。

 

 

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先日のTBSラジオ『ACTION』に、訳者の角田光代氏がゲスト出演していたのだが、そこで角田氏が「紫式部は末摘花みたいな女性が本当に嫌いなのだと、訳しながらひしひしと感じた」というようなことを言っていた。そんなに辛辣な書き方なのか、実際はどんなものだろうと思いながら末摘花の章を読み始めたのだが、確かに末摘花の描写はひどい。例えば、光君が初めて見た末摘花の姿はこうである。

まず目に入るのはその座高の高さ。やけに胴長に見えるので、ああやっぱり、と胸がつぶれるような気持ちになる。その次に気になったのは、その異様な鼻である。真っ先に目につく。普賢菩薩が乗っている象が思い浮かぶ。あきれるくらい高く長い鼻で、先のほうが垂れて赤く色づいているのがなんとも不細工である。顔は、雪も顔負けするくたいに白く、青みを帯び、額がとても広いのに、顔の下半分もやけに長い。おどろおどろしいくらい顔が長いようである。がりがりに痩せていて、気の毒になるくらい骨張っている。肩のあたりなどは着物の上からでもごつごつしていて痛そうに見える。(p209)

ライトノベルの美少女描写並みの長さと詳細さである。醜さの描写にこれほどの紙幅と筆力を費やすとは。

末摘花の難点は容姿だけではない。着ているものは若い姫君に似つかわしくない「ひどく色あせた襲」「黒ずんだ袿」「立派な黒貂の皮衣」(p209)である。非常に無口で、光君が話しかけてもなかなか口を開かないし、機転も利かない。歌もあまり得意ではないらしく、詠んだとしてもなんとなく野暮ったい。文に選ぶ紙も「もとは紫色だったがすっかり色あせた紙」(p205)や「恋文にはふさわしからぬ厚ぼったい陸奥国紙」(p213)など、センスもいまひとつだ。贈った着物のダサさは、さすがの光源氏も閉口するほどである。

末摘花のどこかズレた言動は、どうやら年取った女房に囲まれていることと関係しているようだ。光君がドン引きした歌や着物は、老女房たちには褒めそやされている。数十年前の古くさい雰囲気を閉じ込めた家に住んでいるから、センスがアップデートできていないのだろう。高貴な女性がなかなか自由に外出できなかった時代状況を考えれば、無理からぬことではある。しかし、末摘花は自ら物事の判断を放棄し、女房たちの世話に頼りきって言いなりになっているようでもある。彼女が一念発起して現代風のセンスを学び、精神的に自立したら事態は好転するのかもしれない。まあでもお金なさそうだし、新たな家庭教師や女房を雇うのは難しいのかな……。

この章でとても気になる人物が、大輔命婦だ。彼女は光君の乳母の娘で、「たいへんな浮気者であるがおもしろいところもある」(p190)女性である。具体的にどのような行動を指して「浮気者」と呼んでいるのかとても気になるが、詳しいことは書かれていない。光君にとって彼女は「恋の気配もなく気が置けない」(p212)存在のようだ。平安時代に男女が友達のように付き合うとは、なかなか面白い関係である(乳母子だからきょうだいのようなものかもしれないが)。大輔命婦の恋愛遍歴についても、光君はよく知っているらしい。惟光も好色のようだし、光君の乳母子はチャラい設定で揃えたのだろうか。

大輔命婦の両親は離婚しており、彼女は父と継母とともに暮らしている。どうやら継母とは折り合いが悪く、時々家に帰りたくないときに末摘花の家を訪れているようだ。お調子者で気が多く家庭環境が複雑な女性、なかなか王道の設定である。なんとなく所在なさを感じている彼女にとって、光君とつるむのは気が紛れてちょうどいいのかもしれない。